社員レポート


遠藤

「幸せな人」

 社長が最近朝礼で、「人は何のために生まれてきたのか」とか「人は幸せになるために生きている」、はたまた「人は幸せにならなくてはならない」というお話しをするようになった。この訓示は当社を利用いただくお客様に幸せになってほしい、我々はお客様が幸せになるよう導いてあげなくてはいけない、という流れに発展していくのだが。

 確かにマンション投資で成功する夢を持っている人には、当社のアドバイスで投資効果が順調に上がれば幸せなのだろうし、一人暮らしに憧れている人には、賃貸マンションを紹介することで、その人を幸せに一歩導いたことになるのだ。
 まったく不動産と人の幸せというのは、素敵な恋人同士のような関係だと思う。多くの不動産を所有して幸せを謳歌するのと、失敗してすべてを手放して不幸のどん底に落ちるのとは表裏一体だから。

 人は幸せになるために生きているのか? 
 いきなり問いかけられたら、私はこう答えるだろう。
 「私は生きているのではなく、生かされていると考えます。すべての物事は変わっていきます。何一つ変わらないものなんてないし、自分の思い込みや記憶だって当てにならないのです。だから幸せを手に入れ、まして人に分けようなんて意味のないことなんです。」

 私はカタカナで表される「シアワセ」という言葉が好きだ。身体を動かして、汗をかいた後の一杯のビールとか、天気のいい日の散歩なんかを連想させる。
 それと、ある作家が提案する「小確幸(しょうかくこう)」もしっくりくる感じだ。
 「小さくて、確かな、幸せ」のことをいうのだ。
 おいしい朝ごはんとか、ひいきのチームの優勝記事、ランチのスタンプカードがいっぱいになったり、思いがけない人にバッタリ会ったりだとか、一瞬でも心動かされる、地味に小さく輝くものばかりだ。